蛇口神

埼玉県坂戸市戸口

今から一五〇年ほど前、名主三田様の作男が草刈りに西前河原に行って帰らなかった。当時のそこは沼地で、雑木が生い茂る昼なお暗いところだった。村人たちが探すと、沼の大蛇が出てきてとぐろを巻いていた。

皆は作男はこの大蛇に呑まれたに違いないと思い、二度とこのような悲劇が起らぬように大蛇を祀りこもうと、蛇口神を祀った。御神体は両足に蛇がまきついて両手から首までまきつかれ、唐獅子の上に立っており、外の一体は蛇がからだにまきついて肩のところで首を出して大きな口をあいているという。

蛇口神(じゃこうじん)さまは、ジャクシンさまとかジャコウさまとも呼ばれ以前は縁日もあった。今は東入西神社に祀ってある。また、日照りが続くと名主に若者子どもが一斉に水を浴びせかける雨乞いも行われた。

『坂戸市史 民俗史料編 I 』より要約


『市史』には二つの話が掲載されているが、まとめた形で要約した。二体の御神体については「おそらく雌雄の二頭だと思います」ともある。現在の東入西神社(入西は「にっさい」で、かつてこのあたり一帯を「入間郡の西」の意で入西村といった)。

名主に水をかける雨乞いの模様がはたして蛇口神に関係して行われたという意味なのかどうか分らないが、話の中で触れられている(場所は別だったようだ)。

さて、この蛇口神は「じゃくしん」ともいうように、おそらく石神(しゃくじ)・社宮司の一系であると思われる。この小さな神々は時折蛇の伝説を伴い「蛇の神」となるが、ここまで「村里の大蛇伝説」と直結して語られ祀られることは稀だ。まして、雨乞いの話が確かに直接関係あるものだとしたら、水神格の社宮司という極めて珍しい事例となるだろう(おしゃもじ・咳の神から「堰の神」まで習合していった際に見えなくはないが)。

多く社宮司というの「丈量の縄」を埋めたところと伝えられるもので、その土地の検地の基準点であることから、動かしてはならぬ→触ってはならぬとして怪異が語られるものなのだ(触ると祟る、という)。この戸口の蛇口神がこの例でもあるのかどうかは分からないが、名主の家に強く関係する存在、というところにややその色合いがあるだろうか。

ただ、語られている御神体の様子を見ると(未確認、現存するのかどうかも不明)、これは社宮司などとはまったく異なる存在のようでもある。蛇をまとわりつかせた、雌雄にも見られる対の神像というのは、何だろうか。