岩清水稲荷

栃木県塩谷郡高根沢町寺渡戸

寺渡戸の五行川の近くに、年中涸れることのない沼があった。近くには岩清水稲荷があって、初午の日などは、近郷近在からの参詣者でかなりの賑わいを見せていた。それも、この沼には稲荷様が乗ると言い伝えられている川蛇様が住んでいるからで、初午の日に赤飯を供えるとたいそうご利益があると信じられていたからである。沼にはたくさんの魚も住んでいたが、それを捕ると川蛇様の祟りがあると恐れて、誰も沼に入ることがなかった。

ところが、ある時、三人の男たちが魚を捕ろうと沼に毒を撒いた。すると、沼の祟りがあったのか、三人ともその沼に落ち自分たちが撒いた毒を浴び体の痺れがとまらず、村にもいることができなくなってどこかへ行方をくらましたそうである。(『高根沢町の伝説集』)

『高根沢町史 民俗編』より原文


極めて重要な伝承。稲荷(お狐さんのことだろう)の乗る川蛇さまという存在が語られている。吉野裕子は太古の竜蛇信仰を上書きしたのが稲荷信仰ではないかと見解したが、この町史の解説文も陰陽道の「辰狐(たつこ)神」を引いて、竜蛇と狐の結び付きの古さを強調している。

神奈川県相模原市には蛇聟になって通った蛇を一緒に棲んでいる(?)白狐がくさすという話もあるが、狐と蛇がダイレクトに結びつけられる話というのはそうはない。

しかし、一方で狐女房の話などは蛇女房の蛇が狐になっただけ、という具合であり、民話上にも確かにそこに近しさは感じられるのだ。民俗信仰の上ではとうびょう蛇とおさきなど、蛇と狐の憑き物信仰に近しさがあるだろう。

とうびょう蛇の話
岡山県苫田郡鏡野町:お清の嫁いだ家では、ナンドの奥に何千匹もの蛇・とうびょう蛇を飼っていた。

それがここ高根沢町では、かくのごとくその関係が直結して語られてきたわけである。これは稲荷狐と竜蛇という問題からは第一に参照される話となるだろう。