思川にまつわる話

栃木県栃木市

昔、思川の近くに仲の良い夫婦があったが、妻が病気で寝たきりになり、一向に良くならなかった。そこで夫はひそかに夜のお百度参りを始めたが、夜になるとこっそり家を出るので、妻は浮気を邪推するようになった。

ある夜、妻は後をつけ、夫がお百度参りをしていることを知った。そして、そんな夫を疑ったっことを悔みながら月明かりの下川面に映った自分の姿を見ると、大蛇となっていた。妻は嫉妬のあまり蛇と化した己の心身を恥じ、川に身を投げた。

それ以来、川のほとりを若い女が通ると、大蛇が現れて食うようになってしまった。大蛇となった妻が、自分と同じような女が二度と現れないようにするために食ったのだという。

村では年に一度の人身御供を出すことになったが、長者の娘の順番がきたとき、通りかかった親鸞上人がこれを聞き、村人や大蛇となった妻に同情した。親鸞は南無阿弥陀仏と書いたお札を大蛇に投げつけ、祈祷をした。すると、大蛇は娘をおいて苦しみながら昇天し、間もなく天から蓮華の花がたくさん落ちてきた。

『栃木市史 民俗編』より要約


これが下野市となるが蓮花寺の開基伝説である。この伝説による寺名だといい、付近の地名「花見ヶ岡」も花が降ったことによるそうな。なお、妻が大蛇になった自分の姿を映し見た川は、思川の東を流れる姿川であるともいう。

また、同寺の縁起としては、嫉妬深い妻に愛想を尽かした夫が妾を持ち、これを知った妻が怒り狂って大蛇となり二人を食った、というより一般的な筋の話も語られる。その後、親鸞上人が大蛇を救済するというのは同じ。

さらにまた、この「長者の娘」はほど近い大神神社の神主「大沢掃部守友宗」の娘であった、という話もあるようで、そうなるとこれはもう掃部長者の筋に大変近くなる。

ともかく、このような「親鸞上人が蛇と化した女を救済する」という伝説が、あちこちで語られるのだ。同県那珂町にもほぼ同じ話があるし、茨城県の笠間市にもある。離れたところでは、甲斐郡内は大月でも同じように伝える。

何か、親鸞上人とは「そういうことをする人だ」というイメージがあったのだろう。そう思うとこの話が「嫉妬して蛇になる」というより、「嫉妬による邪推を恥じて蛇になる」という、ひとひねりしたドラマティックな筋として描かれているのも分かる気がする。