島に上陸した大蛇

原文:静岡県熱海市


大蛇が海を渡るという伝説は全国に多い。三浦半島では城ヶ島から三崎の宮川に渡るという話もあるが、だいたい内容は同じである。

この近くでは、伊豆の初島にも同じような話しがあって、大蛇は真鶴半島から渡るのだが、実証的で面白いから、つけくわえておこう。

これは最近の話しである。といっても、昭和のはじめのこと。麦をつくっていた頃だから冬から春にかけてのことだった。

冬の満月の夜は潮がひくので、夜中にでも島民たちは磯取りにでかけ、ヒジキを刈ったりする。

ある夜のこと、だれも行かないうちに、よい場所でヒジキを刈ろうと思った老婆が、はやばや裏の磯にでかけると、沖からザワザワと波をけたてて、大蛇が泳いできた。

それを見た老婆は腰をぬかして、その場から動くことができない。と思うまに大蛇は石の多い海岸に上陸してきたが、そのウロコが青白くギラギラと光り、無気味なことおびただしい。その長さは、およそ百メートルはあっただろう。

あまりの恐ろしさに腰がぬけて、夜あけまで動くこともできなかった老婆は、東の空が明るくなったことに気をとりもどし、急いで島民にこのことをつげたが、どうも緊張しているのと、狼狽しているので、話しがうまく通じない。

やっとのことで大蛇の上陸がしれわたり、島中は騒然とした。しかし、どうしてよいのかわからない。皆んなはおそれおののき、家にこもって、いきをこらし数日をすごした。

ところが何日たっても別に異常はない。近所どうしで話しあっても、なんのことはなく普段の島と同じである。

毎日、働かなければ食えないような島のこと故、やがて一人、二人と海や畑へ出かけて行った。ところが畑へ行ってビックリした。

丹精して作った落花生がめちゃくちゃに食いあらされているではないか……。おまけに畑のまわりの草はなぎたおされて、海岸につづいている。

「さては大蛇が……」と思ったが、いくらうえても大蛇が落花生を食べるはずもあるまいという者もいた。そう云われれば、なるほどとも思う。

よくみれば、それは意外にも歯のあとや足あとからネズミの仕業であることがわかった。だが、そんな場所は島民がこわがって、しばらくのあいだ近づくものはいなかったという。

その後、やはり磯取りに出かけた島民が、今度は何千匹ものネズミが泳いで島に渡り、ザワザワと上陸してきたのを目撃した。

丁度、月の美しい夜だったので、月光でぬれネズミの背が光り、それは大蛇のウロコのように青白く、ネズミの行列は、まるで大蛇でも動いているように見えたという。

それに何千匹ものネズミが行進したあとは、やはり大蛇でも通った後のように、草がなぎたおされていたという。

これは、初島の進藤幹夫氏から聞いた話しである。

『三浦半島の伝説』田辺悟
(横須賀書籍出版)より

追記