毘沙門天の大銀杏

神奈川県川崎市中原区


中原区井田

伊勢山の北側、矢上川ぞいの崖の長瀬緑地の緑の林にかこまれた中に小さい古祠があります。

古来より七福神の一人の「毘沙門天」が祭られており、村人達から尊敬されている祠です。現在でも命日には町内の有志の方々が集まり賑やかにお参りしています。

この境内に一本の大銀杏の木があります。

この木にこの祠の主といわれる一匹の白い大蛇が住んでいて、大暴風で多摩川の水が氾濫して村中が危険におちいった時、洪水の中を泳ぎ回り防いだということです。

「井田の古跡と伝説」(『文化かわさき』八号 昭和五九年六月 六八頁)

『川崎物語集 巻三』川崎の民話調査団
(川崎市市民ミュージアム)より

追記

井田の伊勢山というのは今伊勢台と呼ばれている高台だろうが、祠の存在は不明。蛇の話としても上に見るだけでそれ以上のことは分からない。

しかし、大銀杏に棲みついていた蛇、というだけでなく「祠の主」と語られている点は大いに注目される。毘沙門天の使いといえば、蛇の天敵である百足であることがもっぱらだが(「散在ヶ池の精」など)、時折このように蛇だという場合がある。

また、多摩川やその支流の洪水に苦しめられた土地柄か、いろいろの蛇が洪水から村を助け、流れる人を救っている。同じく樹木の蛇ということでは、宿河原のほうには「綱下げ松」の弁天の蛇の話がある。

蛇の社の代表の一方、諏訪の蛇も例にもれず、井田の東隣にあった諏訪社の蛇も社を大水から守ろうとした人を助けたという(「諏訪社の御神体」)。洪水から人を助ける蛇の話がこう並ぶ土地もそうないだろう。