針と大蛇

原文

昔、ある富者の家に、男の子はなく、一人娘だけがいた。どこから来るのか、この娘の寝室に毎夜半一人の美しい男が、障子の紙一つ動かすことなく入って来ては鶏の鳴かないうちにまたどこともなく消え去ってしまうのであった。そしてふしぎにもその男の体には何だか温かみがなかった。(邪物だから温かみのあろうはずはない)。近頃はどうも娘の行動が変だと気付いた父は、夜中ひそかに娘の寝室を巡回してみた。すると果してその窓に怪しげな男の影が映っていたので、翌日娘を呼び出して厳重に調べると、娘はかくかくと始終を白状した。そこで父は娘に「では今夜またその男が来るだろうから、絹糸一梱を用意し、その端に針を通しておいて、男の裾にそれを刺してやれ」といいつけた。その晩も例の男が来たので娘は父に教えられた通りにした。男は針に刺されるや、びっくりして逃げ失せた。あくる朝糸について行ってみると、うしろの山の中にある大きな窟の中に大きなうわばみが一匹、針にうろこを下から刺されて死んでいた。鉄と蛇は相剋だから、あんな小さい針に刺されても大蛇が死ぬものである。

(一九二三年十一月、慶南東莱郡亀浦、朴氏夫人談)

孫晋泰『朝鮮の民話』(岩崎書店)より