針と大蛇

韓国・釜山広域市

昔、ある富者に一人娘がいた。そこにどこから来るのか毎夜美しい男が忍んできて、朝には消えていくのであった。不思議と暖かみのない男だということだが、父親が娘の様子がおかしく思い、調べて娘に白状させた。

それで父は絹糸を針に通し、男の袖に刺すよう娘に指示し、針に刺されて驚き逃げた男の後を追った。すると、後ろの山の中の窟の中で大蛇が死んでいた。鉄と蛇は相剋だから、小さい針に刺されても大蛇が死ぬものである。

孫晋泰『朝鮮の民話』(岩崎書店)より要約

亀浦で1923年に採取された話という。韓国にも針糸で「夜来者」の正体を確かめるという話は多いが、蛇が多いのは同じとしても、後百済を建てた甄萱の父は蚯蚓(地竜の面があるが)であるし、その正体が山蔘(朝鮮人蔘)であることすらある。

同話は崔仁鶴・厳鎔姫『韓国昔話集成』にも表題話として掲載され、日本の蛇聟同様の針糸型の話という点が解説される。しかし、ここではその点はさておいて、最後に「鉄と蛇は相剋だから、小さい針に刺されても大蛇が死ぬものである」とはっきり語られているところに注目しておきたい。

これは日本の蛇聟でもそうだが、古く三輪山の神の話など見れば、そういった面はない。五行説によると蛇は木気であり、金は木を尅すという原理から蛇は金気を嫌うという話が生れたのではないか、と吉野裕子は論じたが、いつ・どこでそのモチーフが流行ったのかは判然としない。

そもそも日本では(あるいは中国朝鮮でも)蛇は概ね「水」の化身であり、五行相剋の理とはズレがある。あえて結びつけるならば、水生木の理から、蛇は水から生まれた最も原初的な木気の存在なのだ、というように考えられなくもないが(例えば水中の大木と思ったものが蛇だった、という話が大変多いことなどを思い起こされたい)。いずれにしても、このような問題に対して、風水の国韓国で「鉄と蛇は相剋」と表現していることは注目される。