水中明堂

韓国・慶尚南道巨済市

ジョクサムダという一重チョゴリのような形をした丘が、河口から海へつながっていて、その丘の下、海中に大明地がある。大明相(風水の良い地相)ということで、弥勒があるのだ(弥勒があるから明相なのだ)。明相でも水の底で墓が造れないのだが、老人の話では、昔造ったことがあったという。

その時、風水が自分の父の頭と、下りて行く人の父の頭と、頭を二つ借りて行って、右の耳に自分の父の頭、左の耳に下りていく人の父の頭をかけろと言った。ところが、潜った人に正しくそうしたかと聞くと、怖がって前からそう掛けずに、後ろからそう掛けてしまったという。逆に掛けてしまったのだ。それで福は半分になってしまったのだそうな。

日韓比較文学研究会『翻訳 韓国口碑文学大系1』
(金壽堂出版)より要約

慶尚南道巨済郡一運面の採取とある。今は巨済市。主筋の風水の話はよくわからないが、教えと逆にしてしまったので福が半減した、ということだろう。そこはともかく、そもそも、そのような水中墓を築く明相を「ミロク」と言ったのだ、というところが目を引く。

これは菩薩の弥勒のことそのものではなく、海底にある竜宮的なもののことだろう。巨済島のことではなく、済州島の話になるが、そちらでは海底から得られる石を石ミロクといって、村内各所に祀っている(金泰順「済州島のミロク‐現存する石ミロクと神話の分析」:済州島研究会『済州島研究』第2号)。

済州島の石ミロクは日本のえびす石と非常に近しい感じのものに見える。巨済島でいう海底の明相地・弥勒が、風水というだけでなく、済州島の石ミロクと一連の感覚に基づくものだとすると、是非に覚えておく必要のあるものと言える。

なお、『翻訳 韓国口碑文学大系1』にはこの話は「(8-2)120」と付記されているが、サイト上では「8집 2책 214」が該当する。ちなみに弥勒は「미륵」、水中明堂は「수중명당」となる。