大蛇の子

鹿児島県薩摩川内市

昔、庭田に黒木某という百姓夫婦がいたが、子に恵まれなかった。そこへ、ある晩秋に一人の巡礼が訪ねてきて、一夜の宿を乞うた。巡礼は二十歳くらいのきれいな女で妊娠しており、もうすぐ子が生まれそうであった。案の定、泊めた女は、今晩お産をしなければならない、といい、黒木夫婦は困惑した。

しかし、女は黄金十両を出し、お産も始末も一人でするので心配なきよう、ただし、お産の姿は決して見ぬよう、この約束が果たされるなら、一生困らないだけのものを差し上げよう、といった。夫婦は気味が悪いと思ったが、今さら断るわけにもいかず、これを承諾した。

女はくれぐれも覗かぬようにと念を押して奥の八畳間に入ったが、主人はやはり気になって眠れなかった。そして、結局覗いてしまったが、美しい巡礼の女は大蛇になっており、尾を柱に巻き付け、天井に体を伸ばして、今まさに子蛇を生んでいたのであった。

主人は震えて夜を明かしたが、果たして女は覗かれていたことに気付いており、人の姿となって女の子を抱いて出てきたが、本来は殺すところだが、と主人をなじった。が、そのあと言葉を和らげ、自分は祖母山の主だが、この下の川の主と知り合って子を産んだのだ、といった。

それで、見られたので、十年の間は見た人間に育てられねば、この娘は通力を受け継げないのだといい、夫婦に娘を育ててくれるよう頼み、大判小判をあふれるほど渡すと去っていった。

やがて十年が瞬く間に経ち、娘が別れを告げてきた。そして夫婦の心づくしの着物で着飾り、下の川筋へと去った。娘は水中に消えたが、あきらめきれない夫婦が呼ぶと、一度娘の姿のまま姿を現したが、二度目を呼ぶと大蛇の姿で現れにらみ、夫婦もそれ以上は呼ばぬと誓い、末の幸せを願ったという。

『東郷町史 別編(郷土事典)』より要約

寺迫区の庭田というところの話になるようだが、旧東郷町域、今の薩摩川内市内ではその場所は不明。南に下った市来のほうに寺迫地名が見えるが、川内川流域の話とするには遠い。

話の型としては蛇女房に近くあるが、祖母山の主という女大蛇は人の男に嫁ぐわけではなく、ただ子を産みに来るという特異な筋だ。生まれた娘に注目すれば、授かり子が蛇に戻り去る話ではあるが、通力を得るために致し方なく人にゆだねられる、という展開はまた見ない筋ではある。