赤松の犬の墓

徳島県海部郡海陽町

玉笠さんに墓の谷というのがあり、犬の墓がある。そこへ犬を連れて行き参らすと名犬になるという。昔、赤松に殺生人がおり、玉笠の滝に猟に行き、野宿した。すると、連れていった犬が夜中にひどく鳴き吠える。

山犬の子は千匹になったら主人をとる、ということを聞いていた殺生人は、その時が来たのかという疑念を抱き、その犬を脇指で切ってしまった。すると、その首が舞い上がったので上を見ると、大蛇が呑もうとしているのだった。

これを知らせてくれていたのか、すまん事をした、と殺生人は赤松まで犬の亡骸を運んで葬ろうとした。しかし、あまりに重いので、胴体だけ墓の谷に埋め、首を赤松に持っていって埋めたのだという。

『日本伝説大系14』より要約

この犬の墓は「犬守神社」という石塔としてあるようだ。また、大蛇のほうを祀った玉笠明神社という祠があり、その由緒として現地にこの伝説の看板がある。引いた筋だと胡乱だが、例によって切られてとんだ犬の頭が大蛇に食いつき、大蛇も死んだので、祟りを恐れて祀ったのだという。

またこれもはっきりしない風に語られているが、「千匹になったら」というのは、山犬の子を猟犬として使役する際、猟が千匹に達したら自分(猟師)の命をくれてやる、という契約が行われた、ということ。これは四国では他にも語るものがある。

ともあれ、ここでは東のほうの「忠義な犬」では語られない「なぜ猟師は犬を殺してしまうのか」という理由が語られている事例として参照するために引いた。なるほどこういう犬との契約感覚があったというなら、猟師が吠える犬を不自然に恐れる点に説得力が出てくる。