とうびょう蛇の話

原文

秋の唐臼ひきの済んだころ、倉見村の分限者茂平の息子弥平のところへ、越畑村から、お清という美しい娘が嫁に来た。嫁いだお清が不思議に思ったことは、ナンドの奥には、絶対に入らせないことである。いつしか雪が降りはじめ、茂平らが炭焼きに行くころになった。ある日、お清が炭焼き場に弁当を持って行って帰ってみると、姑が五升鍋に一ぱい御飯を炊いて、それを大きなハンギリ(木製容器)に入れて、ナンドへ運ぶところであった。いよいよ不思議に思ったお清は、誰もいないある日のこと薄暗いナンドに入ってみると、長持が二棹並べてあるので、ソッと蓋を上げて覗くと、驚いたことに、蛇が一ぱいおるではないか。お清は肝を潰して実家へ逃げ帰ってしまったが、すぐに隣の源十郎が迎えに来た。お清はどうしても帰りたくなかったが、妊娠してはいるし、両親に説き伏せられて、蛇のことは打ち明けられもせず、すごすごと夫弥平のもとに帰った。それから暫くたったある日、お清は一人になるのを見すまして、何を思ったのか熱湯をわかし、ナンドに行くと二棹の長持の蓋を取り熱湯をあびせかけた。その夜、茂平の家は火事で丸焼けになり「これだけは」と運び出した長持二棹の中には、何千匹という蛇がのたうちまわって死んでいた。この「とうびょう蛇」のおかげで分限者になっていた茂平は、それから数年間「熱い、熱い」と悶え死に、やがて一家は死に絶えてしまった。今も茂平谷には、石を高く積み上げた蛇塚があって、それをお清塚と呼んでいる。

『鏡野町史 民俗編』より