むかしむかし、寸又峡に沿った山深い大間の里に機織りの上手な女の人が住んでいました。
毎日、朝早くから、『スットンパッタン、スットンパッタン』と布を織る音が聞えてくるのでした。
その女の人が織った布はとても評判が良く、布を見た人たちは、だれもが時の過ぎるのも忘れて見入っていました。模様といい、色合いといい、それは何ともいえないできばえで、村人だけでなく、遠くからわざわざ見に来る人たちでにぎわいました。
「どうしてこんなきれいな布が織れるんだ。」
「わしらにも少し教えてくれ。」
などと頼んでも、女の人はただだまって機を織るばかりで、話すことなどしませんでした。
ある日のこと、いつものように女の人が、外で機を織っていると、空がにわかに暗くなり、雨が降りだしました。女の人は、
「これは大変、早くぬれないようにしなくては。」
と、家の中からむしろを持ち出してきて、織りかけの布の上にかぶせ、雨のやむのを待ちました。しかし、雨はだんだんひどくなり、庭には雨水が流れ出すほどになりました。
「早くやまないかしら。」
と、心配そうに空を見つめていましたが、とうとうその日は雨はやまず、布を織ることができませんでした。
次の日、きのうの雨がうそのように晴れ上がりました。女の人は、やわらかな日ざしを受けて、いつものように『スットンパッタン、スットンパッタン』と布を織っていました。
ところがその時、きのうの雨のためか、突然地ひびきとともに、大人二人が手を広げたくらいの大きな石が、沢口山の方から『ゴウッ、ゴウッ。』と大きな音をたててころがり落ちてきました。
女の人は、
「助けて、助けて。」
と、さけびながらにげようとしましたが、間に合わず、たちまち石の下じきになってしまいました。大きな音を聞いてかけつけてきた村人たちは、
「何ということだ。かわいそうに。」
「ひどいものよのう。」
と、口々に女の人の死を悲しみました。
そこで、女の人を供養するため、村人はその石を「はたご石」と名付けたということです。