桑野山の里から北へ約六百メートルくらい行ったところに蛇骨沢という小さくうす暗い沢があります。この沢はどことなくふしぎな感じのする沢で、夏の暑い昼間でもひんやりするところでした。
さて、むかしむかしのことですが、この沢のおくの山に一匹の大蛇が住んでいたそうです。
その大きさといったらたいしたもので、長さは山から山へとどくほどあり、太さはおとなが二人でかかえてもかかえきれないほどでした。ある日のこと、この大蛇が大井川におりてきて水を飲んでいました。
すると突然、
「ガラガラ ズードドン」
と雷が落ちたかと思うほどの大きな音と同時に山くずれがおきました。山からは家ほどもある大きさの岩が「ガラガラ ズードドン」と次から次へ落ちてきました。
大蛇は大急ぎで体をくねらせあわてふためいて逃げました。
しかし、大蛇は山から落ちてきた大岩に押しつぶされて、とうとう死んでしまいました。
すると、ふしぎなことに大蛇から流れ出た血が流れ流れて小さな沢になりました。今ではきれいな水が流れ、他の沢となんのかわりもありません。でも、この水をわかすと真っ赤な、そうですあの大蛇の血のような色になってしまうのでした。
ところで、大蛇の骨は白く固まって宝石のようになり、沢の中にしずかにねむるように横たわっていたそうです。しかし、桑野山の人たちが、
「白くてなんてきれいなんだ。まるで宝石のようじゃ。薬師堂のふみ台にちょうどよい。」
と言ってこの骨を拾って帰り、薬師堂のふみ台にしました。
すると、ふしぎなことに村中に悪い病気がはやりだしました。村人たちは心配になり、
「これ以上病気がはやってはたまらない。大蛇のたたりじゃ、もとの所に返したほうがええぞ。」
と口々に言いました。
そこで、大蛇の骨をもとの沢へ急いで返したそうです。それからというもの病気もおさまり、もとの平和な村にもどったそうです。
[解説]ナイダイの蛇骨沢について
桑野山の少し奥に蛇骨沢と呼ばれている小さな沢がある。水の量は少ないが、水の中に石灰分が多く含まれているのか、流れに沿って石や地面が真っ白になっており、かなり厚く堆積している状況がみられる。恐らく調査すれば鍾乳洞等も見られるかも知れない。
なお、この「蛇骨沢」にまつわる話は、古文書にもみられ、蛇の霊が水害の一因ではないかと述べられているのも興味深い。