桑野山の里から北へ行くと、蛇骨沢という小さな沢がある。昔、この沢の奥に一匹の大蛇が住んでいた。その大きさは山から山へ届くほどもあり、大人が二人で抱えても抱えきれないほど太かったそうな。
この大蛇が水を飲みに大井川におりてきたときのこと。突然雷が落ちたような大音がして、山が崩れ落ちた。家ほどある大岩が次々と落ちてくるのを大蛇は慌てふためいて避けたが、とうとう押しつぶされて死んでしまった。
この大蛇の血が流れ流れて沢になったのだそうな。その水は普段はきれいだが、沸かすと真っ赤な血のような色になるという。また、大蛇の骨が沢の中からよくとられ、桑野山の人たちは白く美しく宝石のようだと薬師堂のふみ石などにした。
ところが、それから村中に病気が流行りだしたので、これは大蛇のたたりであると、大蛇の骨をもとの沢に返したという。それで病気は治まり、平和な村に戻ったそうな。
桑野山(大字)内にあり、その里から北の白沢温泉へ行く途中のどこかにこの蛇骨沢はあるようだ。今も実際ある沢で、小字はナイダイになるという。同資料の解説によると、石灰分を多く含む流れで、流れに沿った石や地面が真っ白になっているそうな。これが蛇骨だろう。
この大蛇が落石で死んで蛇骨が産するようになったという話は近世の随筆や地誌に見え、よく知られた話だったようだ。上に引いた今の昔話では抜け落ちている、自分自身で起こした異変によって、という点を含むので、別にこれもあげておこう(「大蛇の白骨」)。