これは、蔵春院に伝わるお話です。
永享十一年(一四三九)といいますから、今から五百五十年余り前の事です。
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むかーし、むかしの事です。
その頃、山田の奥には竜が棲んでいるという噂がありました。山仕事の人達や動物がたびたび襲われるというので、村人達は大変恐れていました。
そこで村では、めったに山へ近づいてはならないと定め、また山へ入る時には決して一人では行かず、数人で組を作って行く事にし、さらに陽の高いうちに下るようにしていました。
ある日の午後の事です。
山田に住む大変威勢の良い若者が一人で山に向かいました。
「よーし、ひとつ俺が退治してやろう!」
勇んで山に入ると、木陰でじーっと竜を待っていました。けれどいつまで経っても竜は現れません。
陽が西に傾き始めた頃、それまで静かだった山に急に風が吹いて来ました。
「ザワザワザワ……」
それと共に、何ともいえぬ異様な臭気と生暖かい空気が流れて来ました。
ふと谷川の方に目をやると、何やら得体の知れぬ物がうごめいています。
それはとてつもなく大きな竜でした。
「やや! あれは噂の竜に違いない……よし、見るがいい。」
若者は、かねて用意して来た下草刈りの大きな鎌をぎゅっと握り直すと、息を潜めて頃合を待ちました。
大胆にも若者は竜に近づいて、一瞬のうちに鎌でその首を掻き切ろうと考えているのでした。
竜は、谷川をまたぎ若者のいる方に向かってきました。そして、若者を見つけると怪しく光る目でジーッと睨みつけました。
一瞬若者はひるみ、持っていた鎌を落として、土手に尻もちをついてしまいました。
それでも、屈強な若者は気を取り直すと、再び鎌を取って竜に立ち向かって行きました。
しかし、いくら鎌を振り下ろしても一向に手答えがありません。
そのうち、竜は若者をぐるぐると取り巻いて、あっという間に襲い掛かって来ました。
「アアー……」
若者は気を失いました。
気がつくと、若者は谷川に顔をつけるようにして倒れていました。
竜が迫って来たところまでは記憶がありましたが、その後の事はまったく覚えていませんでした。
あの恐ろしい竜の目を思い出し、若者は急にガタガタと震え出しました。
若者は、後も振り返らず一目散に家に帰りました。
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その年の十一月、いよいよ宗能禅師が寺の建立にかかった時の事です。三方を山に囲まれたこの地は、寺を建てるにはとても素晴らしい場所です。禅師は、ここがとても気に入りました。
伽藍が並んだ様子を想像して、村人と共に連日伐採に整地に汗を流しました。
ある日、奥の方を伐採している時の事です。俄かに空が曇ったかと思うと、稲光りと共にもの凄い嵐になりました。
そして異様な臭気が漂って来ました。何やらガサガサと大きな音がしたかと思うと、ギラギラと目を光らせた竜が現れました。
「ここは俺の住みかだ! お前達が立ち入る事は許さない……」
何とも不気味な声が聞こえて来ました。
「むむ! 現れたな悪竜め……」
禅師はそれから、三日三晩祈祷を行い悪竜の説得に務めました。
さしもの竜も、禅師の教えを聞き入れて仏法に帰依し、その後は地中深くに身を隠して、この地で仏法護寺に尽くす事を誓ったといいます。
今、蔵春院本堂裏にある池は竜王の池といい竜が身を沈めた所といわれます。
かいせつ
関東管領足利持氏は、時の将軍足利義教に反抗し、自ら鎌倉将軍と名乗りました。そのため、幕府は持氏追討を計り、持氏の家臣である上杉憲実に討伐の命を下しました。
憲実はやむなく、主君持氏を鎌倉永安寺に攻めて自害させました。その後、憲実は主君を死に追いやった責任を感じて、管領職を弟の兵庫頭清方に譲って出家し、韮山の国清寺に隠棲しました。
そして、主君の菩提を弔うためのお寺を建てる事を決意し、白山堂多福院に止宿中の春屋宗能禅師(最乗寺五世)を尋ね懇請しました。そこで白山堂の郷士宮内五左ェ門の力を得て今の地に長谷山蔵春院を建立しました。