青葉の滝の大蟹

原文

上船原字滝の洞は昔、原始林かと思われるほどの大森林に覆われていた。この大森林は伐採されて、今は杉檜の植林地になった。そのため滝の洞川の水量も減って、ここに懸っている青葉の滝は、堂々たる昔の偉観はないが、しかし高さ六十尺の断崖から砕けて落ちる水条の眺めは美しい。昔は滝壺に大きな鰻ややまめ、蟹などが沢山棲んでいたという。

昔、釣り好きの里の百姓が、田植えも終ったので竿を担いで、滝の洞川で一日の魚釣りを楽しんだ。重い獲物にほくそ笑みつつ夕暮時滝壺まで遡った。そして小岩の上に立って無心に糸を垂れていると、その岩が突然動いたと思うと、水中に沈んで行くではないか。びっくりして水中より這い上がり、よくよく見たら岩と思ったのは大蟹で、自分はその甲羅の上に立って釣りをしていたのであった。

百姓は仰天して逃げ帰ったが、それから後は青葉の滝には蟹の主がいると言い伝えられている。(立岩正夫記)

天城湯ヶ島町文化財保護審議委員会
『天城の史話と伝説』(未来社)より