何百年もむかしのお話です。小川の法永長者の屋敷の近くを泓の川という川が流れていて、そこに、おんじょう淵とよばれる深いところがありました。淵の近くに明王院というお寺があって、りっぱな和尚さんと、りこうな小坊主がいました。
ある日のことです。和尚さんが本堂で勉強をしている小坊主の名前を二、三度よんでみましたが、いつもなら「はい」と元気よく答えるのに、さっぱり返事がありません。
ふしぎだなと思いながら、本堂にやってきてみると、小坊主は机に向かっているものの、いねむりをしているにしてはなにかようすが変です。和尚さんはふと天井を見上げました。するとどうでしょう。大きな蛇が天井からぶら下って、赤い長い舌を出して、小坊主の頭から生血を吸っているではありませんか。これはたいへんなことだと、和尚さんは持っていたじゅずをとり出して、いっしょうけんめいお経をとなえました。すると、さすがの大蛇も苦しそうにからだをくねらせはじめました。
そこで、和尚さんは、
「おまえはなんのためにここに来たのか」と大声でいうと、大蛇は、
「おれは、おんじょう淵の主だ。人間どもの生血がこの世でいちばんうまいと聞いてやってきた。」と答えた。そこで和尚は、
「よし、それならこちらにも考えがある。このままおまえをお経の功徳(めぐみ)によって、二度と淵にもどれないようにしてしまうがどうだ。」といいました。大蛇は「それはこまる。和尚さんのいうことならなんでもきくから、助けてくれ。」というのでした。
和尚は、ふと思うことがあって、「雨が少なくてこまる。田畑をうるおすことができるか。」というと、大蛇は「おやすいことです。それでは私の住んでいるおんじょう淵には、一年中水がたえないように約束いたします。」といいました。
和尚に助けられた大蛇は、「これからはぜったいに悪いことはしません。」と、淵をめざして帰って行きました。
それからのち、泓の川は、ひでりのときでも水がかれることもなく、田畑をうるおしつづけました。しかし今では、この淵もうめられ、昔のおもかげをしのぶことはできません。