海を通う女

原文

昔、伊豆山に若い大工がいて、三里沖の初島に仕事に出掛けたところ、島の美しい娘に思われて、「妻になりたいから連れて帰ってくれ」と言われた。男は困って「伊豆山まで百晩通い続けたら」と言って別れた。

すると、男が伊豆山に帰った夜から、雨が降っても風が吹いても初島の女がやって来る。毎夜渡し船があるわけはないと不審に思って、気を付けて見ると、女の来た跡が濡れている事がある。「泳いで来るのかな。それにしても海は真っ暗闇だのに」と調べてみると、伊豆山の裏山の山腹に湯野権現が祀ってある。そこに、毎晩灯明があがる。それを目当てに泳いで来ることが分かった。

娘の伊豆山通いは六十日も七十日も続いた。薄気味が悪い。どうかして来ぬようにする方法は無いものかと考えた。そこで、九十九日目の夜、あと一晩で百晩となるという晩だ。その晩は大暴風だったが、権現の灯明を消しておいた。果たして、その夜は女は来なかった。

翌朝海辺に出掛けてみると、初島の女が打ち上げられて死んでいた。体中に鱗が生えていて恐ろしい蛇体であった。(『甲斐昔話集』)

小山有言『新版 伊豆の伝説』(羽衣出版)