海を通う女

静岡県熱海市

昔、伊豆山に若い大工がいて、初島へ仕事に行った。すると島の美しい娘に妻にしてくれと慕われた。男は困って、伊豆山まで百晩通い続けたら、といって別れた。その夜から、初島の女は雨が降っても風が吹いてもやって来るようになった。

毎夜渡し舟もないのに、伊豆山裏の灯明を目当てに泳いで通ってくるのだ。女の伊豆山通いは六十日も七十日も続き、男は気味が悪くなった。そこで、九十九日目の夜、女が目当てにしている灯明を消してしまった。果たして、その夜女は来なかった。

翌朝海辺に出掛けてみると、初島の女が打ち上げられて死んでいた。体中に鱗が生えた恐ろしい蛇体であったという。(『甲斐昔話集』)

小山有言『新版 伊豆の伝説』(羽衣出版)より要約

この話は『日本伝説大系』にも集録されており、類話も三話収められている。灯明を消したのが横恋慕をしている第三の男だったり、初島と網代の間の行き来であったりする。表題話では女に名がないが、他は皆「お初」と名を伝えている。

これはかなり重要な点だ。そもそも初島と伊豆山の間には、初島の女神が伊豆山の男に恋して海を渡り、その子孫が伊豆山の社人であるという伝説がある。この「海を通う女」はその伝説を下敷きにしている側面もある。「お初」という名にはその含みがあるだろう。