竜宮小僧

原文

都田川の清流に沿って、山と山の間を登って行くと、引佐郡引佐町の、久留女木の部落に出る。最近はバスも開通しているけれど、なんといっても、山間の渓谷の村である。

この久留女木の、都田川の川筋に、四辺を絶壁の巌で囲まれ、紺碧の水をたたえた、物凄い大淵がある。底の深さは計り知れず、村の人たちは、

「この底は竜宮へ通じているのだ」

といっている。

昔のことである。ある年の六月のこと、村の人たちは田植えの忙しさに、猫の手も借りたい思いでいた。

「だれか、手伝ってくれる者はないかな」

村の一人がこうつぶやくと、不意にこの大淵から、小僧が一人飛びでてきた。

「お手伝いします」

「こりゃ有難う」

小僧はせっせと、田植えを手伝ってくれた。そして夕方になると、どこともなく消えてしまうのだった。

「どうしたろう」

夕食でもご馳走してやろうとしたが、小僧の姿はなかった。

ある夏の日の午後であった。不意に黒雲がわきでてきて、見る間に天を覆って、滝のような大雨が降り出してきた。畑にいた人たちは、家に帰る間もないのだ。

「あッ、困った。家の干物が濡れる」

ところが心配はいらなかった。都田川の大淵から、例の小僧が飛びでてきて、村中の家の干物を、みんな取り込んでくれたのだ。

「こりゃ有難い」

小僧はその他、村人が忙しくて飛び回っているときなど、いつもでてきては、何かと手伝ってくれるのであった。

「お前さんは、どこの小僧さんだね」

村人が聞いても、

「どこでもいいよ」

といって話さなかった。村人はこの不思議な小僧を、竜宮に通じる大淵からくるからと、

「竜宮小僧」

といって可愛がっていた。

竜宮小僧は、村中のどの家にも手伝いに行くので、いつの間にかみんなと仲よしになった。

「おい小僧さん、なにかご馳走してやるよ。なにがいいかい」

「なんでもいいよ」

「そうか」

「だがね、私には蓼(たで、葉にから味のある草)汁だけは食べさせないでね」

と、小僧は、蓼汁をひどく嫌って、どこの家でもそういって断っていた。

ところがあるとき、ある家で夕食のとき、あんまり小僧が嫌うからと、試しに蓼汁を作って、彼に内密に出して食べさせた。すると小僧は、

「あッ、これはいけない」

といったと思うと、そのまま死んでしまった。

「悪いことをした」

仕方がないので、死んだ小僧に謝罪して、村中の人の手で、久留女木の奥、中代という所の、大きな榎の木の側に、懇ろに葬ってやった。

するとその榎の木の根元から、清水がこんこんとわきでるようになった。

「おや、これは──」

村人はその清水を利用して、中代に多くの田圃を作った。

今でもここの田圃は、この清水を用いているとのことである。

御手洗清『遠州伝説集』
(遠州タイムズ)より