高山の池の主

原文

足久保に池がある。この池今はその跡があるばかりだが、昔、隣村水見色の杉橋長者の一人娘の許に夜な夜な通う男があった、この男倏忽として来り飄々として去る。家人も娘も誰だか知らぬ、母は娘にタフの糸をその若者の襟に縫いつけてその行方を窺わせた。男は高山の頂にある古池に姿を没した。長者は主の仕業であると怒って下男人夫を引連れて池に行き、巨石を数多焼かせては池中に投込ませたので主は耐えられぬ、逃れて下村の鯨ヶ池に這入った、この時主は一眼を失った。それで鯨ヶ池の魚は眇になったのだ、鮒は片眼が不具だといっている。(美和村誌)

小山有言『駿河の伝説』
(安川書店・昭和18)より