高山の池

原文

水見色にある。昔は高山の山上の大池だったが、今は漸次埋没して僅かにその跡を残している。昔、此の池に水満々たる時、或る日、水見色の朝比奈縫右衛門が高山に登って、この池の辺で狩を催し愛馬を傍らの木に繋いで置いた、馬は池中に引き入れられて喰われた。朝比奈は驚いて見廻すと池中に怪物あり、牛体にして両眼鏡の如く二本の角あり、直立している。この者の振舞ぞと大石を投込み投げ入れて挑みあっていると、烈風俄に起り大雨来りて暗黒くなり黒雲に乗じた怪物は空中に姿をあらわした。朝比奈は屈せず尚も石を投げつけた、最後の石が怪物の左眼にあたった、その傷手に耐えかねて眼下に見える下村の鯨ヶ池を目掛けて飛び込んだ。この怪物は高山の池の主であって、鯨ヶ池の魚は皆片目となった。所の人はいう、高山の池をかきまわして雨を祈ると必ずその兆候があったものだと。(中藁科村誌)

小山有言『駿河の伝説』
(安川書店・昭和18)より