一杯清水

長野県下高井郡山ノ内町

昔、桓武天皇の御代、延暦年間に征夷大将軍坂上田村麿が東夷征伐の命を受け、賊徒を平定した後、この地を通った。そしてこの村の東方にある高社山に毒蛇が棲息して附近の農作物を荒し、人畜にも害毒を与える事の年々多きを聞いて、暫くこの地に足を留め、毒蛇を斬り殺す。その時、士卒が喉の渇きに困難をする。将軍が笠原神社に祈願をかけると、その感応によって高社山頂に周囲凡そ九尺許りの冷泉が湧き出て、士卒も渇きを癒すことが出来た。その冷泉は今もあって、田村将軍一杯清水といっている。この山中東方字牧の入という所に一つの石の祠がある。今では風雨や苔のため文字が磨滅して見分けることも出来ないが、田村将軍を祭った祠だといわれている。(『下高井郡誌』)

『日本伝説大系7』より

一杯清水は高社山に今もある。伝の石祠というのはわからない。安曇のほうでは田村将軍が魏石鬼八面大王なる逆賊を討伐したという話が有名だが、北信に来るとこのような毒蛇討伐の話が語られている。