駒が池の椀貸穴

原文

大鹿村鹿塩の梨原に俗に大池と称ばれる古池がある。此の池に伝えられる椀貸しの話は、初めの所は他のと似ているが、終りの方が少しく違う。昔此処の庄屋の何がしの家で池から貸りた十人前のお椀の中、一つ粗そうして毀ったのを其のままに、残りの九つを池へ返した所その時に限って二日経っても三日経っても沈んで行かぬ。それ故庄屋の家では又それを拾い上げ、家宝にしようと蔵って置いた。すると間もなく池の水がにわかに溢れ出して、庄屋の家の広い田地畑地を押し流してしまった。庄屋の家はそれから次第に傾いて行ったと云うのであった。

その後此の池から駒が一匹とび出し、向うに高く聳え立つ山の頂上へ走って行った。それで其の山を駒が岳と称んで居る。この不思議な池には葦が一めんに生え茂り、どんなに雨が降っても水量が増さぬ。池の底には大きな穴が一つあって、それが何処まで続いて居るか分らない。駒はその穴から出たので駒が池とも称んで居る。

岩崎清美『伊那の伝説』
(山村書院・昭8)より