思いつめた富田の娘さん

原文

昔、富田に年の頃は一七か一八で、とても気立てのやさしい娘さんがいました。娘さんはふとしたことで小川の若衆を好きになりました。それから娘さんは、雨の日も風の日も毎晩のように九十九谷の細い道を小川の若衆の所へ通いつめました。男でも恐ろしいと言われる九十九谷の夜道を、若い娘が一人で通ってくるので、その若衆も恐ろしくなって来ました。そんなある日、小川に乞食の死人がありました。若衆は九十九谷の一番狭い塩沢という所へ、その乞食の死体を横にして人の通れないようにして置きました。「いくらあの娘でも今夜は来ないだろう」と思っていたのです。ところが、その晩も娘さんは青ざめ、息をはずませながらやって来ました。「何か変わったことはなかったか」と若衆が聞くと娘さんは「九十九谷に死人が横たわっていたけれど、暗くてよく分らないのでからだの上に上ってしまったら、死人の口がカァッとあいて着物のすそをかんで離さんので引きむしって走って来た」と言うので、見ると着物のすそがびろびろになっていました。その事を聞いた村人は「あの娘は気だてのよい子だったようだが、恋するとあんなになるものかなあ」とうわさしました。それを聞いた若衆はこわくなって小川からどこともなく逃げていってしまったということです。

『喬木村誌 下巻』より