竜神様

原文

天文三年(一五三四)九月のことであった。福島の豪農金田善司という人の所へ二十歳ぐらいの美青年がやってきて、使って欲しいという。麦飯は大好きだが、蓼(たで)だけはきらいらしい。あるとき蓼を冷や汁にして出したところちょっとにおいを嗅いだだけで機嫌悪くなり、夕方にはいなくなってしまった。忘れていた翌年の九月ごろ、やってきてまた使って欲しいというので、ふたたび麦代起こしの仕事をしてもらい、夕飯に昨年と同じ蓼の冷や汁を出したところ、一口飲むか飲まないかで真っ赤な血を吐き、北の方へ走り去ってしまった。その青年が金田家にいるときだけお客様の人数分の魚が釜蓋の上に置いてあったりしたので、人びとは竜神様の仕業だといっていた。翌年、家人が眠っているところへその青年が現れて、「蓼汁を食べさせた仇討ち」といって家人の足を引っ張り外へ出そうとしたが、抵抗するうちにすっと消えた。やはり竜神様の仕業だろうといい合ったことであった。

※「福島家伝来記」に同種の話がある。

『天龍村史 下巻』より