親田のイゲンタの主

長野県下伊那郡下條村

昔、親田にイゲンタという大池があった。ある日、おじいさんが夜明けの薄暗い中、池近くで草刈りをしていると、池の近くに見たこともないきれいな娘が立っていた。どうしたのか、とおじいさんが問うと、娘は深見まで行きたい、連れて行ってくれないか、という。

厄介なことだと思いながらも、悲しそうな娘の顔を見て、おじいさんは背負って行ってやった。深見の二つ池の間にあるお宮に来ると、娘はここで、といって降り、おじいさんに礼を言って一本の扇子を手渡した。そして、本当の姿を見せましょう、というと一つの池の中へと入ってしまった。

すると、轟音と共に池の水が盛り上がり、見る見るうちにお宮が沈んでしまった。二つの池は一つの大きな池となり、その中から一匹の龍が姿を現し、おじいさんの顔を見ると、また水の中へと潜っていった。すぐに激しい雨が降り出し、おじいさんは夢中で元来た道を走り帰ったという。

次の朝。この大雨でイゲンタの池が流されたと叫ぶ村人の声で、おじいさんは目を覚ました。おじいさんは集まった人々に昨日の出来事を話して聞かせた。皆は、イゲンタの龍が深見へ移ったのだ、と語り合った。

下條村観光協会webサイト
「下條村の民話と伝説」より要約

下條村のサイトには三つの「深見の池にヌシが移った話」があるが、代表的なのはこのイゲンタの主の話だろうか。各話の解説で「江戸時代の寛文三年(1663年)七月、福井県の三方五湖周辺を震源に発生した大地震で大事な湖が崩れてなくなって」しまったことを反映した話だと説明されている。

イゲンタは「池田」とのことで、膳椀を貸してくれた(が、返さぬ者がいたので怒って深見へ行ってしまった)とか、深見へ行く際は嫁様の姿で子供を連れていたとか、送ったのはお婆さんだとか色々に語られる。