瀬戸淵の主

長野県下伊那郡阿智村

波合村を貫いて流れる波合川の下流に瀬戸淵と称ばれる淵があって、その水底は深見の池に続いて居るそうであるが、其処に住むヌシは一匹の大蜘蛛であった。ある日一人の百姓、岸の石へ腰をかけて釣をして居ると、何処からともなく一匹の小蜘蛛が出て来て、細い銀色の糸を吐いてその百姓の足を岸の樹の根へ十重二十重に絡らめ着けた。百姓が漸くそれと気付いた時、水底の方で「ヨイショ」と云う掛け声が聞えて、そのまま百姓はするすると水の中へ引き込まれてしまったそうである。

岩崎清美『伊那の伝説』
(山村書院・昭8)より