蛇峠の池

長野県下伊那郡阿智村

波合村の南に聳える蛇峠(ぢゃとうげ)の頂に、昔大きな池があった。そこに大蛇のヌシがいるので蛇が池と呼ばれた。ある日、その峠の方から見慣れぬ小娘が下りてきて、庄屋の家に入って告げた。峠の池では長く厄介になったが、深見へ行くので暇乞いに来た、と。

知らぬ娘に馴れ馴れしくこう言われ庄屋は困惑したが、小娘が去っていくのを見ていると、波合川に架かる橋の途中でその姿が消え、急に大水が流れ落ちていくように見えた。それでこの小娘が蛇が池のヌシの化身と知れた。

その日、下條の深見の里に大きな池ができたという。蛇峠のヌシの大蛇が娘の姿をして深見の池へ越したのだ。蛇峠の池は今でもあり、雨乞い淵とも呼ばれている。村の人たちは水出を恐れて、平常は一切この水には手をつけないという。

岩崎清美『伊那の伝説』
(山村書院・昭8)より要約

阿智村・阿南町・平谷村との境となるのが蛇峠山で、ハイカーの人たちもよく訪れる山。しかし、それらの記録などにも池は見えず、今はもうないのかもしれない。

蛇峠のヌシの話もそれらのひとつではあるのだが、先にいったように一段階前の移動が語られているところに特徴がある。また、その移動がより低い池から高い池への移動、というところも目を引くだろうか。思い込みだが、ヌシが移るというなら下りそうなものではある。