竜の腹の皮を拾った話

原文

化学のまだ進んでいなかったころのこと、雷さまというと、あれは雷さまが大太鼓を肩から横背負にして雲の上で、たたいて飛び廻るのだとか、おとなしくしていないとお臍を取られるなどといわれたものだが、これもそれににたはなし。ころは文化五年七月二十五日のことだったという。雷が鳴りだしたかと思うと、雷はだんだんはげしくなり、山や林がゆれ動き天は傾き地はさけるかと思わるるくらいだったという。そんな具合だったから民家では戸を固くしめて外にいる人はなかった。ところがその翌日起きて見ると風雨はおさまっていたが、木という木はみんな折れて、そのみじめなさまは実に目もあてられないほどだったというが、不思議なことに吉田村の百姓与市というものが、竜の皮を拾ったというので近所の評判になり、これを見物に来る人も沢山あったそうな。またその時のことであるが隣り村の山吹のものが落葉かきに近くの山へ行ったところ、そこにもこれと同じようなものが落ちとったという。大きさは五尺六寸四方ばかり、色は青白く光沢がある丁度あわびみたいなもので、これは天にいた竜がたたかったときの腹の皮だろうというので、そのへんのお医者さんや物ずきの人は少しばかりずつ珍蔵しているという。(高森町吉田)

村沢武夫『伊那谷の伝説』
(伊那史学会)より