竜の腹の皮を拾った話

長野県下伊那郡高森町

昔は雷というと、雷様が太鼓を叩いているのだとか、臍を取られるとか言われたものだが、似たような話がある。文化五年七月二十五日のことだというが、大変激しく続く雷があり、大嵐に天地鳴動し、皆閉じこもって外にいる人がなかった。

翌日は風雨はおさまったが、木という木は皆折れて目も当てられない様だったという。そんな中、不思議なことに吉田村の百姓与市という者が、竜の皮というものを拾って評判になった。同じ頃、隣村山吹の人も同じようなものを見つけたという。

それは、大きさは五尺六寸四方ばかり、色は青白く光沢がある丁度あわびみたいなもので、これは天にいた竜がたたかったときの腹の皮だろうといわれた。近隣のお医者や物好きが少しばかりずつ珍蔵しているという。

村沢武夫『伊那谷の伝説』
(伊那史学会)より要約

その皮を宝としている社寺などあれば、雷さまの撥とされる石棒と並ぶような雨乞いなどのアイテムとなりそうだが、今のところそういう話は聞かない。それにしても珍妙な話だ。中国の古典にありそうな雰囲気がある。もし、竜の戦いというよりも、竜の腹が太鼓であったというニュアンスがあったのなら、よりそう言えるだろう。

『山海経』「海内東経」の竜身人頭の「雷神」は「その腹をたたく」と記されている。また、黄帝の後を継いだ天帝・顓頊(センギョク)は音楽好きで「猪婆竜を横たわらせて尾で腹をたたかせた(袁珂『中国の神話伝説』)」とあるから竜にはそういった側面があるのかもしれない。

もし、この伊那谷の一話がそういった話の末流だったとしたら、と思えなくもない。現状ちょっと類する話を知らないが、太鼓の伝説は時として、沈鐘伝説に近い筋になることがある。