濃が池・二

長野県上伊那郡宮田村

宮田の村にそうえもんという若者がいた。ある朝そうえもんが草刈りに行くと、突然の眠気に襲われ、はっと目を覚ますと大蛇にひと呑みにされようとしていた。そうえもんは痺れる手足で必死に鎌を構え、体ごと大蛇にぶつかった。鎌が首に突き刺さった蛇は苦しみのたうち、川の中へ沈んでいった。

そのそうえもんは、おのうという縹緻よしで機織りの上手な娘と婚約していた。そして大蛇を倒した後に結婚したが、そうえもんの顔は日増しに青ざめていき、顔に笑いもなくなっていった。そして、結婚から三日目に、そうえもんはそっと母親を夜呼び、おのうの寝顔を見せたのだった。

おのうの寝顔は、見るも恐ろしい大蛇の顔なのだった。次の日、そうえもんと母親は、おのうに何も言わずに出て行ってくれ、と告げた。おのう気も狂わんばかりに嘆き家を出たが、柳の枝を杖にあてどもなく山道を歩き続け、駒ヶ岳の頂近くへと来てしまった。

そこの美しい池で喉の渇きをいやそうと思ったおのうは、水面に映る自分の大蛇の顔を見てしまった。そして、生きる力も失って、その池に身を沈めたという。おのうの柳の杖は逆さに突かれたまま根付いて葉を広げ、これより池は「のうが池」と呼ばれるようになった。今も、池の底からは機織りの音がかすかに聞こえるという。

『宮田村誌 下巻』より要約

その筋では嫁が怪物となる理由が胡乱なのだが、こちら大蛇の怨みでという話は一番筋が通っているものであるように思う。ただ、信州には竜蛇のヌシに見込まれ蛇体となる黒姫山の伝説もあり、蛇の怨みが根本にあったかどうかは難しいところだ。