濃ヶ池の機織り女

原文

昔、中央アルプス駒ヶ岳の麓に小さな村があって、そこにはとても綺麗な娘が住んでいた。

娘はとても働き者で、いつもせっせと機を織っていた。そんな娘なので、あっちからもこっちからも是非嫁にくれという話がきたが、娘は自分に言い寄る男たちの中で一番金持ちの家の息子のもとへ嫁に行くことに決めた。

式も無事に終り、みんなが寝静まった頃、婿の母親が便所へ行こうと思ってなんの気なしに嫁の寝顔を見ると、嫁の口は耳元まで裂けて目はつりあがり、頭には角が生えていてまるで化物のようだった。しかも、大きな雷のようないびきの音がゴロゴロと唸っている。

母親はびっくり仰天して、そこへそのままヘナヘナと腰を抜かしてしまった。

朝になって母親がもう一度おそるおそる嫁を見ると、何もなかったようにケロリとして、忙しそうに婿の着る着物の機を織っている。

母はそっと息子を呼んで昨夜のことを詳しく話すと、気の小さな息子はびっくりしてしまい、すぐ嫁を呼んで、

「自分の家ではちょっと都合が悪いで、どうか今までのことはなかったことにして里へ帰ってくんな」

と、おそるおそる言った。

嫁はそれを聞くと、とても悲しそうな顔をしたが、そうまで言われてしまっては家にいるわけにもいかず、しかたなく家をでた。でも嫁は自分の里の方へは行かずにどんどん裏の山道を登って行ってしまった。そして、いつしか中央アルプスの駒ヶ岳の頂上近くにまで登ってしまった。頂上近くの雪解け水を満々と湛えた濃ヶ池のほとりに来ると、そこでまた悲しそうにしばらく澄んだ水に映る自分の姿を見つめていたが、やがて、そのままドブンと濃ヶ池に飛びこんでしまった。

それからというもの、天気の良い日に濃ヶ池に行くと、今でもその娘がなにか悲しげに機を織っている姿が見えるという。

向山雅重『伊那谷の民話集』
(郷土出版社)より