昔、駒ヶ岳の麓の小さな村に、綺麗な娘がいた。働き者でいつもせっせと機を織っており、あちこちから嫁にくれという話が来た。その中で、娘は一番金持ちの家の息子のもとへ嫁に行った。
ところが、式も無事終わり、みな寝静まった夜のこと。婿の母親が何の気なしに嫁の寝顔を見ると、その口は耳元まで裂け目はつりあがり、頭には角が生えていてまるで化物のようであった。母親は仰天して腰を抜かし、翌日息子にこのことを伝えた。
小心の息子は驚いてしまい、すぐ嫁を呼んで、結婚はなかったことにして、里に帰ってほしい、と頼んだ。嫁はそうまで言われてはその家にはおれず、しかし里へ帰るでもなく、家を出ると裏の山道をどんどんと登って行ってしまった。そして、駒ヶ岳の頂上近くにある濃ヶ池へ飛び込んでしまった。
それからというもの、天気の良い日に濃ヶ池に行くと、今でもその娘が悲しげに機を織っている姿が見えるという。
資料には舞台の詳細がないのでわからないが、以下に見る類話や採話者(向山)の経歴などから、宮田村のことだろうと思われる。話自体も不明瞭で、娘が何故化物のような寝顔をしていたのかよくわからない。しかも、この話型がよく紹介されてしまっており、「よくわからない話」という印象を持たれがちかもしれない。
しかし、これは竜蛇伝説の一端であるようだ。実は同じような話が宮田から駒ヶ岳を挟んで反対西側の木曽日義のほうにも伝わるのだが、そこでははっきりと寝ている嫁の姿が「頭髪逆立ち鱗の生えた大蛇であった」と語られている。
それでもそうなった原因は胡乱なのだが、また伊那に戻って『宮田村誌』には、よりはっきりと竜蛇伝説の結構である類話がある。ひとつはその娘「おのう」が、濃ヶ池の主に見込まれたという蛇聟の話(「濃が池・一」)。
もうひとつは、おのうを嫁にした「そうえもん」という若者が、大蛇を殺してしまい、その怨みが嫁のおのうに降りかかったのだ、という筋の話(「濃が池・二」)。この辺りを併せ見ておく必要のある話といえる。