龍神とおばあさん

原文

昔、箕輪村(現箕輪町)を、暴れ川と呼ばれている谷川が大川に向かって走り下っていた。この川は、その名のとおり梅雨の時季になると急に水かさが増して、ゴーゴーと暴れ下って、田や畑を荒らし続けていた。

その年もまた、梅雨の時季になった。川岸の近くに田んぼを持っている、おしげおばあさんは、日に日に水カサが増していく川を見て、心配になって川岸へやってきた。おばあさんは「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、どうか竜神さま、もうこれ以上暴れなんでください」と両手を合わせて拝みながら、手に持ってきた大切な米の入った袋をいくつも川に投げ入れた。すると、激しく流れる泥水のなかから、すごい形相をした竜神さまが現れた。「わしはこんな米粒など欲しくはない。人間の娘が欲しい、どこかからきれいな娘を連れてきて、わしの嫁にしてくれたら、暴れ川を鎮めてあげよう」太く低い声でそれだけいうと、龍神は、また濁流のなかに姿を消していった。

おしげおばあさんは喜んでみたものの、村のきれいな娘を龍神に与えるわけにはいかなかった。そこでしかたなく、家に帰ってから丹念にワラ人形を作った。そして自分が娘時代に着た、いっちょうらの着物を着せて、大切にしまっておいた帯をしめてやった。

そのワラ人形を抱いて、おしげおばあさんは、ふたたび暴れ川の岸にやってきた。

「龍神さま、お望みのきれいな娘は、この村にはおらなんだが、わしが心をこめて作った人形でがまんしておくれや、着物も帯もおらが娘の時に身につけていたものだに」

おしげおばあさんが大声で叫びながら、人形を濁流めがけて投げ入れた。するとすかさず龍神がガバッと水面に現れて、パクリと大きな口でその人形を受け止めた。しかし、おばあさんが投げこんだ時に、人形の帯が川に突きでている木の枝にひっかかって解けてしまった。帯だけが木の枝に残ってしまったが、龍神は「なんという美しい娘か、たしかに受けとった。約束どおり荒れ狂っているこの川の水を鎮めてやろう」そういうと龍神は、濁流に乗って川を下って、やがて大川に合流したあたりで、一気に大空へ飛び立っていった。それからしばらくすると、急に空が晴れて、暴れ川がうそのように静まってしまった。

それからというもの、村人たちは、人形娘の帯が解けてしまった川のことを「帯なし川」と呼び、龍神が天に飛び立っていった大川のことを「天竜川」と呼ぶようになったという。

 

〈ひと口解説〉神も、人間と同じ欲があるというところが面白いところです。しかも神に何か贈り物をした者が幸運を得るというのも面白いところです。この龍神は天上でも海中でも自由に行き来できます。天上や深海の仙境からやってきて、人間の力ではどうにもならないことを、解決してくれています。龍神は天から降ってくる雨と、地上を流れる水との両方の支配者となっています。なお、この龍神をかたどった、巨大イルミネーションが箕輪町の中心街に飾られています。このイルミネーションは一年中決められた日に、点灯されています。

小沢さとし『新伊那谷の昔話集』
(一草舎)より