四泊の池

原文

むかし肥後の国(今の九州)に阿闍梨興円というえらい和尚さんが住んでいました。信仰が厚く徳の高い和尚さんでしたから「わたしも長生きして多くの人を救おう。」と、毎日考えていました。

いろいろ考えたすえ遠く離れた信州の里に善光寺さまのあることを知りおすがりすることにしました。

さっそく旅の身支度を整え月参と言って毎月毎月お参りをすることにしました。海を渡りけわしい山の峠道をお念仏を唱えながらひと月も欠かすことなく和尚さんの善光寺参りは続けられました。

ある夏の暑い昼さがり、はるばる大門峠を越え大門の四泊(よとまり)にたどり着くことができました。和尚さんは肥後の国をでてから四日目に必ずここで泊ることにしていましたのでみんなが四泊と呼ぶようになりました。

今はあたり一面のたんぼになっていますがその頃は青くすんだ美しい池があり、大きな松の樹が立っていました。

池のほとりにたどり着いた和尚さんはほっとひと息ついて、いつものように池の中をのぞきこみました。

いつもだと涼しくなるはずの和尚さんの体は急に火がついたように熱くなりどうすることもできません。

仕方なく一心に念仏を唱え続けました。するとふしぎなことが起りました。水の面に映し出された和尚さんの姿はみるみるうちに蛇の姿に変ってしまいました。

そしてそのまま「ザブン」と、大きな音を立てて池の底に消えてしまいました。それからはこの池をみんなが四泊の池と呼ぶようになりました。

青く澄んだ池のほとりの松の樹には旅の笠が懸けてあり、その笠には、

「此の国は肥後の阿闍梨の四泊や

 其の名も高き笠懸の松」とあざやかに記るされており、それからみんなが笠懸の松と呼ぶようになりました。(お話 内田貢さん)

児玉断『長門昔ばなし』
(長門町教育委員会)より