酒飲み弁天

原文

昔、間山に大きな造り酒屋があった。

その酒屋で新酒が売り出されるというので、朝から村や町の酒好きが買いにきた。

さて、その日の夕方、美しい娘が一人で酒を買いに来た。応対に出た酒屋の小僧はそのあまりにも美しい姿にぼーっとしていると、

「ここにお酒を……」

と鈴をふるような声で娘は小さなふくべをさしだした。

「こんなふくべではいくらも入らんわい」

そうつぶやきながら、小僧は柄杓をもって少しずつ酒をふくべに注いだ。ところが一杯入れても二杯入れても、どうしたことかふくべはなかなかいっぱいにならない。一升以上注いだが、まだまだ入る。しばらくすると、

「けっこうでございます。ありがとうございました」

娘はそう言って、お金を払って帰っていった。

ところが、次の日もその次の日も、娘は夕方になると、小さなふくべを下げて酒を買いに来るのだった。

小僧は不思議でたまらない。「いったい、どこの娘さんだろうか」と。

そこである日、酒を買った娘の後をこっそりつけてみた。娘は振り向きもせず、どんどんと山道を進み、小僧が木の根にちょいとつまずいたとき、ありゃ、娘の姿はふいと消えてしまった。

小僧はあたりを見回した。空には月がかかっている。そして足元には池が広がっていた。さらにびっくりしたことに、池の向こうの岩の上に弁天様が祀られていた。あの娘のお顔をして。

それからこの酒屋では、新酒ができるとまず、池の端の弁天様にお供えする習わしになった。

高橋忠治編『信州の民話伝説集成【北信編】』
(一草舎出版)より