足ある蛇を祀る

原文

長い間には色々な珍らしいことや、不思議な言いつたえもあったもの、しかしこのはなしは、いつごろあったことか、語りつぐ人に忘れられてしまったらしいが、昔上伊那郡の小町谷というところの、或る農家にあったことだと、信濃奇談は伝えているが、それは或るひのこと、鶏舎に眠っていたにわとりが、何におどろいたのか、急にけたたましい鳴き声をたてたので、家の人たちは何事が起ったかと、行ってみると、長さ六尺もあろうかと思われる蛇が、鶏をぐるぐる取りまいていたので、こやつ憎きやつと、打ちころし、串焼にしたところ、これはたまげた、「とかげ」の足のようなものが出てきたので、その主人も二度びっくり、近くの街道ばたに投げ出し、近所の人たちや道ゆく人にみせたという。

ところがこれを見ていた見物人の一人が、これは、なに神さまかのお使いの蛇だったか知れんと、いいだし、殺した主人も、これはえらいことをしたと、近くに祠を建てて祀り、お祭りのときは、鶏を神前に供える習わしとなっているとのことだが、この蛇は一体なんだったんずらと、今にわからぬ伝承である。

村沢武夫『伊那谷の伝説』(伊那史学会)より