七面様

長野県伊那市

的場妙法蓮華寺の一丁ほど後ろの山際の丘の上に七面堂がある。そのむかしこの七面堂に、特の高い聖人様が村人を集め、ありがたい説教をしていた。村人はこの聖人様を「七面様」と呼んで敬っていた。

ところがこの村人の中に、妖しいほど美しい女性が一人、熱心に聖人様の説教を聞いておった。毎晩、この女性がどこからか現れるので、人々は聖人様の知り合いではないかと、大変いぶかった。そこで聖人様の言うには、
「これは妖しいもののけである。わたしが追い払ってしんぜよう」
と、この女性に向かって念仏を唱えたところ、一匹の白蛇となってどこかへ消え失せた。その後、七面様のご利益のことが前にも増して評判となり、領内からの参詣人が多くなったとのことである。

宮下和男『信州の民話伝説集【南信編】』
(一草舎出版)より

蓮華寺は今もあり、七面堂は山内最古の建築物として市指定文化財となっている(ただし、寺そのものは近世に移転している)。この話は、少々問題があるので、そのまま引いた。

一般に七面様(七面天女・七面大明神)が蛇なのであり、日蓮宗の守護の竜女であるわけだが、それを日蓮宗の高僧が追い払ってしまい、あまつさえ僧のほうが七面様と呼ばれたとなると、そこまで話がこじれるものか、と疑問に思う。

『高遠町誌 下巻』にほぼ同じ話があり、おそらく出典だと思うのだが、そちらには聖人が七面様と呼ばれていたとは書かれていない。単に、蛇の一件の後、七面様(七面堂のことと読める)の評判が増した、という話になる。ここで誤解の引用があったのだろうか。

しかし、蛇を退散させているところは同じだ。そこはすでに七面天女という竜女を知らぬ人々の口承の内に転じていたのだろうか。蓮華寺において、七面堂が寺守護の七面大明神なのだというのは今でもそう山内に書いてある。どうも、このあたり判然としない話だ。