熱田神社と大蛇の骨

原文

昔日本武尊が東夷征伐の帰りに、甲斐の酒折宮から山坂を越えて美和村の溝口へおいでになった。その頃三峰(みぶ)川の上流に大蛇が住まい、折々出て来て人を害し、百姓の難儀は一と通りではなかった。尊は此の話しを聞し召して大へんに気の毒に思われ、ある日噂のある川上へ行って見ると、案のじょう大蛇が鎌首を挙げて尊をただ一と呑みと向って来た。尊は直ちに剣を抜いて立ち所に此れを退治なされた処、大蛇の血が河原を真赤に染めたと云って、今其処を赤河原と称んで居る。百姓達は其の後尊の恩沢を慕い、此処に尾張の熱田神社を勧請して立派なお宮を建てた。その時境内の欅の大樹の下から大蛇の白骨が現われたので、一しょにお宮に納めてお祭りをした、今日お宮の宝物となって居るのが即ちそれである。

岩崎清美『伊那の伝説』
(山村書院・昭8)より