耳取の玄江院に龍磨り石(高さ1.9m、水100リットル以上入るという)がある。昔、夏の激しい雷雨の際、寺の裏の崖が崩れたとき土中から現われたもので、非常な苦心をして境内へ上げたという。
その時は、丈夫な材木で橇を作り乗せ運ぼうとしたが、村中の老若男女が総掛りで引いても藤蔓の綱が切れて、石は動かなかった。ところが、その時に一人のうら若き婦人が、裸で石の上に乗り、木遣を唄ったところ、みな力を得て引き動かすことができたのだそうな。
小諸の牧野の殿様が、珍しい龍磨り石だと欲しがったが、住職は献上するのが嫌で、さっそく石工を連れ、石の表へ南無阿弥陀仏と刻んでしまった。殿様は立腹の余り住職を寺から追放したという。
信州では、このように水を湛える滑らかな凹み・穴を持った石を、竜がその尾の剣を研いだ石ということで、龍磨り石・剣磨り石などという。佐久を通して上州でも一部言うか。
硯石のような凹みのこともいえば、かなり大きな穴をいうこともあるようだ。この穴はおそらく甌穴のことと思われ、それが竜の昇天した穴だというようなこともある(「昇竜の穴」)。
ここで注目すべきは、この龍磨り石が、裸の婦人の登場によって動いているところだ。話では、それで引く人々に威勢がついて、というニュアンスになっているが、これは石そのものが動くことを承諾した、ということではないかと思う。
女石(虎御前の石など)など、力持ちの男衆が何としても持ち上げられないところ、色男が持ち上げたら簡単に上がった、などという話もあるが、石にはよくそういった逸話がある。
また、同小諸市には、娘を見込んだ蛇が娘に裸で踊ることを要求する話などもある(「霧窪の伝説・一」)。もしかしたらこの地には、天鈿女命のような魂を振らせる巫女の神事がいつの頃までかあったのかもしれない。