霧窪の伝説・二

原文

小諸市西原区神田地籍の一部に霧くぼという所がある。ここは今でも沢の中のじめじめした所であるが、そのむかしは大きな池で、その主は大きな蛇体であったそうだ。

この主は、七年に一度ずつ近隣の家の屋根へ白羽の矢を立てて、その家の娘を犠牲としてささげさせるのが例になっていた。

ある年の白羽の矢は、その付近一番の金持ちの長者のひとり娘になった。長者や娘の嘆きは一通りではない。もっとも嘆いたのは娘の愛人であり、許嫁であったひとりの若者であった。

長者は金でできることならと、あれやこれやとできる限りの方法を講じてみるが、どうしても逃れる方法がない。一同は絶望の淵に沈んだ。決められた日はいよいよ迫ってくる。しかしどうにも仕様がない。

とそのときである。勇ましく立ち上がったのは若者であった。決死の覚悟を顔に表わしてその池に向ったが、しばらくの後には、その若者と池の主との間にものすごい戦いが開かれていた。

主も強いが若者も本気である。風雨が激しい中の戦いはいつ果てるとも知れなかったが、ついに力尽きてともどもに死んでしまった。しかし戦いのさいちゅうの暴風雨で、そこにあった大池も主も若者も一緒に押し流されて、今の場所に移ったのだそうだ。(土屋義信34)

 

※複数話がまとめられている「霧窪の伝説」から一話を引いた。

『限定復刻版 佐久口碑伝説集 北佐久篇』
(佐久教育会)より