霧窪の伝説・一

長野県小諸市

押出(おったし)の瓢箪池は、島川原にあったものが一夜にして移ってきたのだという。昔、池の近くに貧しい母子が暮らしていた。その母が病気になってしまい、娘は毎日毎日深沢入まで薬草採りに行っていた。そしてそこでどこの者とも知れない美しい青年と出会い、娘は逢瀬を重ねるようになった。

ところが男はその素性を打ち明けない。その末に、自分の願いを聞いてくれるなら、というのだった。しかし、それはうぶな娘には決心がいることであり、病気の母のこともあり、悩む日々が続いた。そうして男と約束した二十一日目の夜が来てしまい、娘はついに母にこのことを打ち明けた。

母は、母のことを思うなら、もう一日だけ薬草を採ってきてくれ、といった。ところが、娘が薬草を採ってもどると、哀れにも母は娘の幸福を祈りながら自殺してしまっていたのであった。

娘は母を失った悲しみの中、それでも恋を遂げられる喜びも抱き、男の要求通り、池の端に行って裸体となり一心に踊り続けた。すると、池の水が俄かにざわめき、中心から黒雲が巻き起こり、天高く昇った。その中に半身蛇体の恋人が現われたそうな。

『限定復刻版 佐久口碑伝説集 北佐久篇』
(佐久教育会)より要約

布引観音から千曲川の対岸、霧久保城址のある付近だと思うが、瓢箪池は不明。この池にはいろいろな伝説があり、また、それぞれ移ってきたというのだが、その前あったという場所も色々にあって、話の中心が定まらない。この蛇聟風の話は、今は東御市となる千曲川の下手の島川原から来たといっている。

引いた話では、何はともあれ蛇のヌシの要求が「裸で踊ること」であったという点が目を引くだろう。確かにあっておかしくない話ではあるが、実際そう語られる事例はそうはないと思う。