「おとき」のあかり

長野県諏訪市

昔、諏訪の娘おときと、伊那の若者が知り合い、愛し合うようになった。峠を隔てた二人だったが、おときは村の衆が寝始める九時になると、家を出、江音寺あたりで松明に火をつけ、暗い恐ろしい峠を女一人越えて若者の元へ通うのだった。しかし、毎夜三里もの闇の峠を越えてくるおときを若者は怖く思うようになった。

そこで若者は峠の上の一本松あたりに隠れて様子をうかがうことにしたが、おときは、誰がいるか知らないが急ぎなのでごめん、といい、ものすごい速さで伊那のほうへ消えるのだった。また、土砂降りの夜にまさかと待ちかまえても、やはりおときはあっという間にそこを通り過ぎるのだった。

人間と思えぬ足を恐れた若者は、村の仲間に相談した。皆は、それはキツネに違いない、キツネに憑かれたんだと言い合い、聞いてよけいに恐れる若者に、退治してやるから自分たちに任せておけ、というのだった。そして仲間たちは、各々丸太棒を手に、峠道でおときを待ちかまえた。

それと知らぬおときがいつものように峠道を飛んでくると、村の男衆が立ちふさがり、驚くおときを丸太棒で打ちのめしてしまった。惨いことにおときは殺されてしまったが、その目はパッチリ開かれ、伊那の空を見つめていたという。それから、九時になると江音寺のところにあかりがつき、有賀峠を登り、伊那のほうへと消えていくようになったのだという。

竹村良信『諏訪のむかし話』
(信濃教育会出版)より要約