烟た池の女

長野県飯田市

遠山の上村字中郷の中腹に昔ヌシの大蛇が住むといわれる大きな池があった。ある年の秋、この山の木を伐って畠を開こうと、村中総出で開墾をした。そして、小山になった小枝や落ち葉に火をつけ、その煙が風になびいて池の面を包んだ時のこと。

その煙の上に両手で顔を被った女の姿が見え、煙に巻かれて「ああ烟たい」と叫ぶのであった。やがて煙が消えてみると、百姓たちは狐につままれたように呆然となった。真っ青に見えていた大池が無くなってしまっていたのだ。

そして、不思議なことに山の頂に新しい池がひとつできた。百姓たちはヌシの仕業だといって恐れ、池の畔へ社を建てて池神社と称え、ヌシを神様に祀った。今ではそれが雨乞いの神様になっている。

岩崎清美『伊那の伝説』
(山村書院・昭8)より要約

飯田市上村中郷の東に御池山があり、所謂「御池山クレーター」なのだが、近くに見える池が話中、山の頂に新たにできた池「御池」のこと。「烟た池」のほうは話の通り無くなってしまい、今は池跡が御池の下のほうにあるそうだ。

「烟」の字は周辺水場に関して、どうも水煙のことをいったようで、滝の名などには見える(松川の烟ヶ滝)。そう思えば、この池は池霧がたつような所だったのかもしれない。