湖底に沈むつり鐘

長野県岡谷市

(前半略・諏訪湖の深淵に棲む大鯰が人を襲うので、神使いが捕らえたが、逃げられてしまった)その後、しばらくすると大鯰はまた人を襲うようになったが、その時不思議な事が起こった。花岡の隣に小坂観音があり、大変美しい音の釣鐘があったが、ある夜この鐘がひとりでに転げ落ち、諏訪湖に沈んでしまったのだ。

鐘は湖底にちゃんと座ったように沈んでおり、小坂の人々はこれは大変と、何度も鐘を引き上げようとした。しかし、毎回水の上に顔が出たか、というところでなぜか滑り落ちて沈んでしまうので、あきらめてそのままにすることにした。

そのうちに、妙なことが気付かれた。あれほどあらびまわった大鯰が、ピタリと現れなくなったのだ。それが沈んだ鐘が大鯰にかぶさり、動けないようにしているのを見た、という人も現れ、皆は、観音様の力の強いことをありがたがった。そして、観音様にはそっくり同じ釣鐘を作って納めたそうな。

さて、後のこと。今度は真夜中の湖中からひっきりなしに鐘の音が響く、ということがあった。この鐘の音がしたあとは、必ず国に大きな変事が起こるのだそうな。近くでは日清・日露戦争の前にさかんに鳴り響いたという。あの閉じ込められた大鯰が鐘を鳴らしているのだ、という人もいる。

竹村良信『諏訪のでんせつ』
(信濃教育会出版部)より要約

鐘を好いたり嫌ったりする竜蛇がおり、鐘と一体化するというなら普通は巻きつくという話になる。中に、このように鐘がその中に竜蛇(それに類する存在)を閉じ込めるというものもあるが、数は少なかろう。相州真鶴のポンポン鮫や、上総夷隅に弁慶の投げた釣鐘に封じられる鯰がいたりはする。

この諏訪湖の話では、そうして封じられた大鯰が鐘を鳴らし、天変を告げる存在になっているところが大変興味深い。これは国難に竜体となって現じた諏訪明神の雰囲気を引いているとともに、湖中の鐘のイメージは、本来の要石に通じる姿であるようにも思える。

要石というのも、地震を起こす鯰を封じた石、というだけでなく、天変地異を予知し暴れる鯰(竜蛇)の知らせを伝えるインターフェースの役割があったように思う。それにきわめて近い。