地蔵峠の大蛇

長野県上田市

昔ある男が長野へ芝居をやりに行こうと、カバンの中にカツラ三十を入れて出かけた。地蔵峠の辺りに来ると、若い衆が草刈りをしていて、一人が道の先には大蛇がいて呑まれてしまう、と忠告した。しかし、男は強情だったので、無理に道を行った。

暗くなったので草の上に一泊しようと横になると、暫くして呼ぶ声があった。みると、大男が立っていて、化け比べをしようという。そして大男は武士に変わって見せた。男はおれも一番といって、三十のカツラを順々にかぶって見せた。すると大男は驚いて逃げて行ってしまった。

翌日はよい天気。男は今夜また来るだろうと日暮れを待った。はたして夜また大男が来たので、集めておいたヤニを大男の口に入れてくれると苦しがって逃げた。翌朝起きてみると、四五丈もある大蛇が死んでいたそうな。

箱山貴太郎『上田市付近の伝承』
(上田小県資料刊行会)より要約

今県道35号線が上田から長野へ峠を越えていて新地蔵峠というが、その東側に古い峠越えの道があったらしい。そちらが地蔵峠。ともあれ、上田の「たのきゅう」の話。田能久・田の久は落語にもあることから全国でよく語られるが、比較的それぞれの土地の伝説として再話される傾向のある話だ。

各地の話でおなじみなように、たのきゅうどんは役者であり、田能久とは田楽師のことだったと見る人もいる。それは里の人から見れば、流れ者であった。そして、そのような者は大蛇を退治しても祟られない。