頭無山

原文

河口湖大石の桑崎(かざき)へ大蛇が現われた。村民は怖れ農具や漁具をほうりだし、一目散に逃げたが、村でガムシャラ男で名をうった弁造が、刃渡り二尺余の大立ち草刈鎌を振りまわし、いまにも弁造を一呑みにしようとする大蛇に立ち向かった。幸い手応えがあって、大蛇の首が血しぶきをあげて吹き飛んだ。

首を斬り落された胴体は、のたうち廻って山へ逃げ登ろうとしては滑り落ち、這い上っては落ち遂に気力絶え果ててしまったが、何と体長が粟あぜ十七畔をまたいでいた。斬り落した大蛇の首は御坂の峰を越して、神座山の東面にある池に飛びこむと、龍神になってしまった。

大蛇が退治された山は頭無(かしらなし)と呼ばれているし、首が飛びこんだ池を蛇池(じゃいけ)と言っている。御坂主稜から北面へ流れ出す金川は荒れ川と警視されるが、金川が大雨で氾濫する時には、蛇池から大水が吹き出す。神座山裾に住む者は、この時地下にあるブテッパラの地へ逃れると、水難を避けられると語り伝えられている。(大石・黒駒)

伊藤堅吉『河口湖周辺の伝説と民俗』
(緑星社)より