蜘蛛渕

原文

下部川下流でこれに合流する雨河内川を、約3キロさかのぼると川は「金白沢」と名を変える。五老峰の峰深く切り込んでいるこの沢をさかのぼると、大きな滝があり、滝下に深さ5、6メートルの大きな渕がある。

下部村の雨乞い渕で、周囲の村々の雨乞いの効き目がない場合には、下部の他数カ村の者が一緒になってここに集まり、雨乞いをする習わしであり、雨乞い以外で近づいてはならない渕とされていた。

ある時、一人の男が沢を上って来て、両岸の巨木に覆われたほの暗い渕を泳ぎ回る魚に見とれ、夢中になって釣り糸を垂れた。すると渕の中から大きな蜘蛛が現れ、男の足に糸を巻きつけては水中に入る素早い動作を繰り返した。

男ははっとして、絡まる蜘蛛の糸に気付き、それをはずして、そばの太い枯木へ巻きつけた。その時、「よーし、引け」という声が響き、枯木は地響きをたてて根こそぎ渕の中へ引き込まれてしまった。

男は釣り竿を折り、渕に投げ捨てて逃げ帰った。それからこの渕は「蜘蛛(くもん)渕」と呼ばれるようになった。

加藤為夫『富士川谷物語』
(山梨日日新聞社)より

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