むかしむかし、細野の三軒のおとうさんたちは山仕事をしていました。ある日三人のおとうさんたちは弁当を背負ってやぶ切りに行くことになりました。
やぶ切りをする場所は、山をいくつも越えてゆかなくてはならないので、朝早く家を出なければなりません。
お母ちゃんの作ってくれた弁当を背負って水筒を腰に吊し、ナタやノコギリなども持って行くのです。夜が明けるのを待って家を出た三人は吉沢の下の沢にさしかかりました。
水鳥や山鳩の美しい歌声にききほれながら三人のおとうさんたちは黙って歩いていきます。川原の真中近くになってから、鳥の声に混ざり耳なれない音が聞こえてくるのに気付きました。
トントンカラリ、トンカラリ、どうやら川原の中ほどにある大きな岩かげから聞えてるようです。三人はおたがいに顔をまさぐるように見つめ合いました。
「こんな朝早くから誰ずらなあ。」と一人が云いました。
「それにあの音はなんずらか。」
「見に行ってみず。」
「そうだなあ、そうしずに」三人は岩山に近づきました。物音を立てないようにそうっと登って行くと、トントンカラリという音にあわせるようにきれいな歌声が流れてきます。女の人の声です。三人はそっとのぞいてみました。
女の人が一人、目のさめる様な美しい衣裳を身につけています。トントンカラリという音は機織の音だったのです。
だれなのでしょう?…… どこから来た人なのか?…… どうしてこんなところに?…… いつから来ていたのか?…… それにしても織っている布は、みたこともない美しい布なのです。朝もやを破ってサーッと射し込んできた朝日の中に浮び上った姿は、まぶしいほどの美しさ。
三人は岩にしがみついて、じいっと身動きもせずに見とれているのでした。女の人は歌いながら楽しそうに布を織っています。太陽が頭の上に昇っても三人は気付かないで見とれています。やぶきりに行くことなどすっかり忘れてしまいました。陽が沈んであたりが暗くなりはじめて、やっと三人は我に返り、そおっと岩山を下りました。誰も何も言わず、ただ歩き続けていました。
次の日、三人のおとうさんは又夜明けを待って家を出ました。相談したわけではないのに、黙ってきのうと同じ道を歩いてゆきます、川原につくと、トントンカラリという音に合わせて歌声が流れてきました。三人はまた岩山にのぼり、お姫様の機織りを見ています。そうしてやっぱり陽が沈むまでじっと見ています。そしてトボトボと家に帰ってゆくのです。
次の日も、その次の日も三人は弁当を背負って通います。
家に帰ったおとうさんに、おかあちゃんが聞きました。
「やぶきりぁあといくんちで終るんな。」
「仕事んえらいどうか、おめえは弁当もろくに食っちゃあこんし、家にけえっても、口もきかねえで寝ちもうどうで…… 雨でも降らねえ仕事も休まのうずらに。」
「うん、おいおりやぁ寝るぞ」とフトンにもぐりこんでしまいました。
朝になって弁当を持って出かけるおとうさんを送り出してから、おかあさんは井戸端へ行きました。すると二人のおかあさんも井戸端へきたところでした。
「なあよ、おとうちゃんえらくいく日もかかるけんど、なんどうか毎日疲れてくるどうに、おめえんちじゃあどうんな?。」
「ほうんな、うらんおとうもおんなじようだよ。」
「どこの山へ行ってるどうかな?……。」
「しんぺえになっとうな……。」
こんな話をしてからまた三日たちました。三人のおとうさんたちは、やっぱりやぶきりに行くと言って出かけました。おかあさんたちは、とうとう決心して、やぶきりに行くおとうさんたちのあとを、そおっとついて行きました。
川をわたって行くと岩山に登るおとうさんたちが見えました。変です? 山へ行く筈なのに、こんな岩山にどうして登るのでしょうか。おかあさんたちもあとから登って行くと、三人のおとうさんたちが、ぼんやり座っています。今まで見たこともない、美しいお姫様に見とれているのです。
おかあさん達は、びっくりするやら、腹が立つやら……。
「こんな山の中に、お姫様がたった一人で機織りするなんちゅうこたあ、あり得ないこんだで、きっとキツネの化け物にちがいねえよ。」
「おとうちゃん化かされているどうに。」
「早くこんな化けものはぶっとばしちまおう。」
「よいしょ、よいしょ。」三人のおかあさんは岩山のてっぺんから、でっかい石を動かしてきました。そしてお姫様の居るところへ向けて、ゴロン、ゴロンところがしました。機織の道具と一緒に、お姫様は川の中へまくれていってしまいました。おとうさんたちはびっくりして、あわてて山へ登って行きました。
このことがあってから、おとうさんたちはうそのように一生懸命山仕事に励みました。
お姫様が懐に持っていた鏡は、川に流されて、本村の若宮へ上ったとも言われ、また小縄と柿島の間の弁天島に上ったとも言われています。この鏡はご神体として今もまつられていると言伝えられています。吉沢の川原に、松の生えた岩が今も残っていますが、この岩を「絹機石」と呼んでいます。
提供 望月ふみ江 雨畑のむかしばなし